「匿名・流動型犯罪グループ(通称:トクリュウ)」は日本各地で様々な事件を引き起こしており、SNSなどを通じて顔も知らない者同士が結びつき犯罪を繰り返している。暴力団取材を専門とするフリーライターの鈴木智彦氏は、こうした現状を「液状化犯罪時代」と表現する。本記事では、トクリュウの一類型とされるチャイニーズ・ドラゴンが2022年10月に東京・池袋のサンシャイン60で引き起こした大規模乱闘事件の真相に迫る。
サンシャイン60乱闘事件の背景
2022年10月、池袋サンシャイン60の58階にあるフランス料理店で、チャイニーズ・ドラゴン関係者による乱闘事件が発生した。警察が最近逮捕した白井宇太郎容疑者(53)をチャイニーズ・ドラゴン幹部と位置付ける契機の一つとなったのが、この事件だとされている。報道によれば、このレストランでの食事会は、長期刑を終えて出所したチャイニーズ・ドラゴン幹部の放免祝いとして開催された。その出所した幹部こそが、今回逮捕された白井宇太郎容疑者だったという。
この乱闘の発端は、白井容疑者を快く思わないドラゴンの派閥の一つである上野グループが、放免祝いの会場に乗り込み、白井容疑者に対して威圧をかけようとしたことにある。単に食事会に参加するために集まっていた他のドラゴンの主要メンバーたちは、何が起きているのか分からないまま、襲撃側と襲撃された側に分かれて乱闘に巻き込まれた。皮肉なことに、事件現場にはほぼドラゴン・オールスターズと言える面々が集結していた。事件が大きく騒がれたのは、集まった顔ぶれが豪華だったことも一因だ。
放免祝いの会場であるレストランは58階に位置しており、エレベーターや階段を使っても全員が一気に上がることは難しく、会場をすぐには完全に包囲できなかった。襲撃グループも混成部隊であり、意思疎通がうまくいっていなかった。若い世代が先に会場に到着したが、彼らは古参幹部の顔を知らなかったため、売り言葉に買い言葉となって乱闘が始まったとされる。
双方が仲間内での喧嘩だとすぐに気づき、乱闘は短時間で終息した。参加者たちは警察から逃れるために散会したが、その後すぐに襲撃側と襲撃された側のメンバーが集まり、飲み会を開いて和解している。
池袋のサンシャイン60ビルディング、チャイニーズ・ドラゴンによる乱闘事件の舞台
白井宇太郎容疑者と「チャイニーズ・ドラゴン」の定義
警察はこのサンシャイン60乱闘事件で、白井容疑者の名前を伏せつつ、彼をチャイニーズ・ドラゴン幹部として発表した。ここには警察の何らかの意図が見て取れる。白井容疑者が過去に起こした事件の報道を調べると、警察発表の変化がより明確になる。
放免祝いの主賓であった白井容疑者が長期刑を受けることになったのは、2007年に山梨県内の貴金属加工工場2ヶ所に押し入った強盗致傷事件だ。この事件では、従業員を鉄パイプで殴って骨折させ、工場長を粘着テープで縛り上げ、現金や指輪など合計約1億4900万円相当を盗んだとして、懲役12年の判決が下されている。
当時の報道では、白井容疑者は「中国残留孤児2世で、新宿などを拠点に活動する犯罪グループのリーダー」(産経新聞、2011年5月19日)とされており、チャイニーズ・ドラゴンの名前はどこにも見当たらない。警察は当時、彼がドラゴンではないと正確に把握していたはずであり、残留孤児2世・3世にはドラゴン以外の不良が多数派であるという実態も理解していたはずだ。
白井容疑者を知る残留孤児2世はこう語る。「彼は若い頃に大久保に出て、新宿のキャッチを仕切るOの舎弟になった。そのOも日本の中華人脈では有名な不良だったがドラゴンではない。Oは2023年12月30日にコロナで亡くなった。白井容疑者はその地盤を引き継いでいる。Oはドラゴンの幹部たちと同年代で、ずっと良い関係にあった。その縁でドラゴンの関係者に寄り添っている人間もいる。(白井容疑者も)残留孤児2世で不良だったから、ドラゴンのメンバーたちとは顔なじみだ。彼らにしてみれば、周りが勝手にドラゴンだというのだから放っておけということになる。ただ、乱闘事件を見ても分かるように、白井容疑者の場合、友好関係ばかりではない。あちこちの派閥に顔を出し、若い衆を引き抜こうとしてトラブルになったこともある」。
白井容疑者自身が、自分がドラゴン幹部だと語ったことはないはずだ。これはあくまで警察がそう発表し、そのプレスリリースを鵜呑みにしたマスコミが誤った見解を拡散しているにすぎない。
そもそも、チャイニーズ・ドラゴンとは、警察が使う便宜的な残留孤児マフィアの総称である。この呼び名が使われ始めたのは、2013年に警察庁が半グレを「準暴力団」というカテゴリと定め、「怒羅権」と「関東連合」OBの2つを指定してからだ。この指定は、単に警察がそう呼んでいるというだけで、準暴力団には法的な縛りや規制は存在しない。しかし、組織名を挙げて指定したことで、警察は意図的に残留孤児の不良グループ全体をチャイニーズ・ドラゴンと呼び広め、残留孤児2世・3世の不良たち全てを準暴力団と見なしたい意向がうかがえる。さらに警察は、不良中国人の犯罪も「ドラゴンのメンバーによるもの」として雑駁に発表している。現状では、中国人が関わる組織犯罪は、詳細な区別なく何でもかんでも「ドラゴン」がらみにされてしまう傾向にある。
「創設メンバー」を名乗る人物の事例
事件の度に名前だけが連呼され、一人歩きして裏社会の伝説のように語られるチャイニーズ・ドラゴン。その中で、「ドラゴン創立メンバー」「ドラゴン初期メンバー」と名乗る人物も現れた。それが汪楠(ワンナン)氏だ。
彼は2021年に自身の半生記『怒羅権と私 創設期メンバーの怒りと悲しみの半生』を上梓した。しかし、実際の創設メンバーたちに取材したところ、彼の当時の実態は、後のドラゴン幹部が小中学生の頃に日本人の少年たちと喧嘩して回っていた際に、時々同行していた程度だという。汪楠氏は、後の暴走族である「怒羅権」や、愚連隊色の強い「華魂(ドラゴン)」とは一切関係がない。
メディアは、極悪非道として知られるドラゴンのメンバーが改心し、刑務所の受刑者に本を差し入れ、更生支援を行う慈善家になったとして汪楠氏を持ち上げた。しかし、汪楠氏は2021年に千葉県のカラオケバーからみかじめ料を取ろうとして逮捕されてしまう。さらに2年後の2023年10月には、池袋のマンションで起きた強盗事件で逮捕され、現在社会不在となっている。ちなみに、彼は中国のSNSでは反日活動家として支持されている。こうした事例は、偽のアウトローが日本人だけでなく、中国人をも欺いている現実を示唆している。
結論:複雑化する犯罪グループとメディアの課題
池袋サンシャイン60で発生したチャイニーズ・ドラゴンの乱闘事件は、警察やメディアが使う「チャイニーズ・ドラゴン」という総称の曖昧さと、実態の複雑さを示している。白井宇太郎容疑者のケースに見られるように、警察が特定の個人を便宜的に「ドラゴン幹部」と位置付け、それがメディアによって拡散されることで、現実とは異なる認識が広まる可能性がある。また、汪楠氏のような「創設メンバー」を名乗る人物の出現と、その後の逮捕は、メディアが表面的な情報や自己申告を鵜呑みにすることの危険性、そして「偽のアウトロー」が社会に与える影響を浮き彫りにしている。犯罪グループが匿名化・流動化し「液状化犯罪時代」とも称される現代において、その実態を正確に把握し、安易なラベリングや伝説化を避けることが、事件報道における重要な課題となっている。