年金と同様に、中高年の生活における大きな問題の一つが「家」です。住宅に関する問いとしてよく聞かれるのが「持ち家と賃貸、どちらが良いか」というものです。この問いに対し、経済学者で元財務官僚の髙橋洋一氏は「答えは極めてシンプルだ」と述べています。
資産を持たないなら賃貸が有利
髙橋氏によれば、最初から土地や家といった資産を所有していない場合、結論としては賃貸を選ぶ方が有利であると言います。資産を持たない人が、わざわざお金を投じて新たに資産を購入するという行為は、当初から不利な立場にあると指摘します。資産を持つために支払った資金が無駄になる確率の方が、はるかに高いことを理解すべきだとしています。
地価上昇は「神話」にすぎない
「土地の値段が上がる」という考え方は、もはや神話にすぎないと髙橋氏は断言します。例えば、ある土地が100年にわたり1000万円の価値を維持し続ける可能性は、ほぼ皆無だというのです。土地の価値は、その土地がどのように利用されるか、そして利用しようとする企業や人がどれだけいるかによって決まります。利用者が多ければ地価は上昇し、少なければ下落します。この確率を正確に予測することは困難であり、新型コロナウイルスのパンデミックのような予期せぬ事態が発生し、リモートワークが普及すれば、都心のオフィス価格は下落し、それに伴い土地価格も下がる確率が高いと分析します。
地価が高い時期に住宅ローンを組んで家を購入した人々の中には、給与から支払いきれずに最終的に土地や家を売却せざるを得なくなるケースが見られます。1億円の土地に1億円の融資を受けて家を建てたとしても、その土地の価値が5000万円に下落すれば、借入金の全額を返済できなくなることは、子供でも理解できる単純な道理です。土地を購入するという行為には、それだけのリスクが伴います。ただ住むだけであれば、持ち家に伴うリスクを負うことなく、賃貸で借りる方がはるかに負担が少ないと髙橋氏は主張します。
「家賃は無駄」という考え方の誤り
「毎月、大家に家賃を払うのは無駄だから、自分で持ち家を買った方が得だ」という意見をよく耳にしますが、髙橋氏は、なぜ「得」なのかその根拠が不明確だと疑問を呈します。月々の家賃は、基本的にその土地の価値(地価)によって決定されます。確かに地価が大幅に高騰し、大家の収入が莫大になるような状況であれば、借り手も土地を購入した方が相対的に「得」になる可能性もゼロではありません。しかし、地価がそれほど上がらず、大家の収入が限定的であれば、家賃として支払う総額と土地を購入するために必要な金額に大きな差は生じないはずです。
先に述べたように、土地の価格が際限なく上がり続けることは現実的にありえません。したがって、家賃を支払うのと土地を購入するのとでは、経済的な負担に大きな違いはないことが多いのです。むしろ、高額な土地を購入して地価暴落というリスクを背負う方が、はるかに「損」をする可能性が高いと髙橋氏は指摘します。常識的に考えれば、持ち家を選ぶよりも賃貸を選択する判断は、ごく合理的な選択肢であると言えるでしょう。
住宅ローンが抱える「長期・変動リスク」の危険性
住宅ローンを借りる人々が理解していない重要な点の一つに、貸し手である金融機関の立場があります。住宅ローンを提供している側から見れば、担保である土地や建物の価値が下落することは、貸付金の回収が困難になるリスクを高めます。貸し手としては当然、貸し倒れのリスクを懸念し、焦りを感じます。このような状況下で、借り手に対し地価下落分を追加の担保として差し入れるよう求めることは、十分に起こりうる事態です。
住宅ローンや持ち家のリスクを考えるイメージ画像
もし追加担保の要求に応じられなければ、借り手はローン返済に行き詰まる(詰む)可能性が極めて高くなります。住宅ローンを借りれば安心して暮らせる、と安易に考えるのは間違いであり、貸し手の視点に立てば、地価下落がもたらすリスクの大きさが理解できます。銀行も他の企業と同様に経営を行っており、返済が滞れば担保物件を取り上げ、最悪の場合、財産を差し押さえられる事態も想定しておかねばなりません。「借り換えで返済額を減らせます」といった提案も、貸し手側からすれば収入減を何としても阻止し、利益を確保するための手段に過ぎない場合が多いと髙橋氏は警告します。自動車ローンのように比較的短期間の借入れであればまだしも、最長で35年から50年といった超長期にわたり、高い変動リスク(特に変動金利の場合)を抱えて多額の資金を借り入れる行為は、髙橋氏から見れば非常に勇気のいる博打だと言います。自分とは全く関係のない周囲の状況変化によって、数千万円ものお金を失う可能性がゼロではないのですから、これはとんでもないリスクであると指摘しています。
持ち家信仰と地域的リスク
髙橋氏の印象では、地方から都市部に出てきた人ほど、持ち家に対する信仰が強い傾向があるとのことです。もし実家に土地や家があるならば、なぜわざわざ別の土地や家を都市部で購入しようとするのか、その理由が理解できないと述べています。東京生まれで、地元の歴史や地理をよく知る立場からすると、堤防に囲まれた川沿いの新しい住宅を目にするたび、ある種の身震いを感じると言います。山の手エリアは比較的安全ですが、江戸城や隅田川よりも東側の地域は、水が流れやすいように堤防の高さが抑えられており、台風や大雨による洪水リスクが極めて高い地域であるためです。
現在住宅ローンを抱えている人々にとっては気の毒な状況かもしれませんが、日本の地価がこれ以上下がらないよう祈るばかりだと髙橋氏は結んでいます。ちなみに、現在所有している住宅の現在の価値を計算し、もし購入時よりも価格が高くなっていれば、住宅を売却してローンを期限前に全額返済することで、負債がゼロになり、さらに手元にお金が残る可能性もゼロではありません。
参考資料