日本国内に設置されている外国の大使館で働く日本人職員が、深刻な労働問題に直面し、その改善を強く求めています。外交特権という特別な立場にある大使館において、日本の行政権が介入しにくい状況が、日本人職員の劣悪な労働環境を招いているとの指摘があります。健康保険や厚生年金といった社会保険への未加入、不当な解雇、そして常識を逸脱した業務の強制など、その実態は多岐にわたります。本記事では、在日大使館の日本人職員が直面するこれらの問題と、その背景にある課題を深く掘り下げます。
在日外国大使館の日本人職員が直面する労働問題、社会保険未加入の苦境
ブラジル大使館、元料理人による提訴の背景
今年7月、厚生労働省で開かれた記者会見で、ブラジル大使公邸の元料理人である50代の男性が、自身が受けた解雇の無効を訴え、日本にあるブラジル大使館を相手取って提訴したことを明らかにしました。男性は2016年から大使公邸の料理人として勤務し、「大使夫妻やお客様に喜んでいただけること。誇りであり、働きがいでした」と語るほど、仕事にやりがいを感じていたといいます。
しかし、今年3月、男性は「料理長らの指示に従わなかった」という理由で一方的に解雇を言い渡されました。男性側は、むしろ料理長から胸ぐらをつかまれるなどのパワーハラスメントを受けており、解雇理由は「事実ではない」と強く主張しています。
原告代理人の嶋崎量弁護士は、「使用者(大使館)側の意識も、日本の労働法を『守らなきゃいけない』という意識はきわめて希薄です。多くの国(の大使館)で、そのような状態がある」と述べ、日本の行政権が介入しづらいがゆえに、大使館側への重い指導が行われず、結果的に「泣き寝入り」を強いられている日本人職員が多い現状を指摘しました。ブラジル大使館はこの件に関して取材に対し「コメントはありません」と回答しています。
社会保険未加入と度を越した業務 – 他の大使館職員からのSOS
ブラジル大使館のケースは氷山の一角に過ぎません。本稿の取材に応じた、ブラジルとは別の在日外国大使館で働く2人の日本人職員は、さらに衝撃的な実態を語りました。
彼らによると、給与は契約書に記載された金額よりも低いケースがあり、手渡しで支払われることも珍しくありません。さらに、交通費が一切支給されず、定期的な昇給もない上、健康保険や厚生年金といった社会保険にも加入させてもらえていないといいます。
通常、大使館には外交特権が適用されますが、日本国内で採用された職員には日本の労働基準法が適用されるのが原則です。しかし、厚生労働省が実施した調査によると、日本に150カ国以上ある大使館のうち、健康保険や厚生年金に加入していたのは、わずか42カ国にとどまることが判明しています。これは、多くの在日大使館が日本人職員の社会保険加入義務を怠っている実態を示しています。
交通費や社会保険の未加入など、劣悪な労働条件を訴える在日大使館の日本人職員
さらに、業務内容も問題視されています。一人の職員は、「公私混同がはなはだしくて、仕事中に(外交官の)奥さんの買い物同行とか、(奥さんが)髪を染めるのに同行させられて。(レジャー施設の)チケット買うのに『クレジットカード貸せ』とか、業務以上に(外交官の)家族の世話の方が大変なことも」と、職務の範囲を大きく逸脱した私的な雑用を強制されている現状を明かしました。また、「機嫌を損ねると『クビにする』とか、『退職届を出さなければ解雇通知を出す』と言われた」と、不満を表明すれば即座に解雇をちらつかされるなど、劣悪な労働環境とハラスメントが常態化している状況を訴えています。
まとめ
在日外国大使館における日本人職員の労働問題は、外交特権という特殊な状況の陰で、日本の労働法が十分に適用されず、人権が軽視されがちな深刻な課題です。社会保険の未加入、不当な解雇、そして常軌を逸した私的業務の強制など、多くの日本人職員が苦しい状況に置かれています。日本の関係省庁は、この問題に対し、より強力な指導と、大使館職員の保護に向けた具体的な取り組みを早急に講じる必要があります。国際的な信頼を損なわないためにも、在日外国大使館が日本の法を遵守し、健全な労働環境を提供することが強く求められます。