クマ被害が過去最多を更新:専門家が警鐘「5年前から予測された危機」

全国でクマによる人身被害が深刻化し、今年は10月31日時点で犠牲者が12人に上り、過去最多を記録しました。環境省の発表によると、今年度上半期(4~9月)のクマの出没件数は2万792件で、昨年度同時期の1万5832件を大幅に上回っています。この状況を受け、秋田県では自衛隊が支援に乗り出す事態にまで発展しています。この危機的状況は、実は数年前から専門家によって予測されていました。

専門家が警鐘「5年前から予測された危機」

クマなどの野生動物の保全管理を研究する兵庫県立大学の横山真弓教授は、「こうなることは5年前からわかっていました。大変なことになりますよと、警告を出し続けていたのですが……」と無念さを滲ませます。一般的に、東北地方でのクマの人里出没はブナの実の凶作が原因とされますが、横山教授は「ブナの実が凶作でエサがないというのは秋だけの話。しかし、実際には4月からクマは出没し始めている」と指摘します。環境省の調査データも、4月に775件、5月に2461件、6月に4142件と、春からの出没がブナの実の不足だけではないことを裏付けています。クマは桑の実やサクランボなど多様なものを食しますが、これらが少しでも凶作になると、すぐに人里へと移動する事態が生じているのです。東北森林管理局が平成元年から37年間行うブナの結実調査では、7割の年が凶作か大凶作ですが、これほどまでのクマの大量出没は過去には見られませんでした。

クマの生息数が急増、全国で8万頭か

2023年にもクマの大量出没が話題となりましたが、今年の異常な出没の背景には何があるのでしょうか。横山教授は「クマの生息数が劇的に増えている」と断言します。環境省が2020年に発表した「クマ類(ヒグマ・ツキノワグマ)の分布・生息状況」調査によると、北海道、秋田県、福島県、長野県、岐阜県には4000頭以上のクマが生息しているとされています。横山教授らの研究では、クマは年間約15%の割合で増えることが明らかになっており、捕獲せずにいれば5年間で倍になる計算です。この数値はあくまで概算ですが、2023年に大量出没した秋田県では約2000頭が殺処分されたにもかかわらず、今年は2年前よりも被害が拡大していることから、2000頭以上増加している可能性が示唆されます。これを踏まえると、秋田県だけで約1万頭が生息していると推定されます。全国的にも、2020年には5~6万頭が生息していたと推測され、継続的な捕獲が行われているものの、5年後の現在は全国で8万頭に達している可能性も指摘されており、その増加ペースは驚異的です。

人間を「餌」と学習、行動変容の危険性

人里に降りてくるクマの映像には、親子連れの姿がよく見られます。横山教授は、山の中で密度が高まればエサ場をめぐる争いが起き、強いオスが優先されるため、親子が人里へ押し出されると説明します。人里には田畑や果樹園が広がり、クマにとって魅力的な「おいしい匂い」が充満しています。加えて、人間がクマを見ると逃げ出すことから、非常に学習能力が高いクマは「人間は怖くない」という学習を繰り返している可能性があります。

人間が怖くないだけでなく、「人間を『餌』と学習する」という恐ろしい行動変容も指摘されています。10月11日には宮城県でキノコ採りの人がクマに襲われ死亡する事件が発生しました。横山教授は、クマもキノコを好むため、自分のエサ場に侵入者が来たとして攻撃した可能性に言及し、「ご遺体はクマにとっては『肉』に変わってしまう。それによって『人間は食べ物』と学習してしまった」と分析します。さらに、10月16日に岩手県北上市で露天風呂を掃除していた人が襲われた事件についても、「おそらく人間を獲物と学習し、狙って襲ったのではないか」と警鐘を鳴らしています。

人里に出没し、人間を「食べ物」と学習する危険性が指摘されるツキノワグマ。人里に出没し、人間を「食べ物」と学習する危険性が指摘されるツキノワグマ。

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深刻化するクマ被害への緊急対策が不可欠

過去最多を更新するクマの出没と人身被害は、単なる食料不足だけではなく、クマの生息数増加と人間に対する学習能力が複合的に絡み合った深刻な社会問題であることが浮き彫りになりました。専門家が5年前から警鐘を鳴らしていたにもかかわらず、事態が悪化している現状は、早急かつ抜本的な対策の必要性を示しています。クマと人間が共存できる環境を再構築するためには、生息数管理、人里への出没防止策、そしてクマの行動特性を理解した上での啓発活動など、多角的なアプローチが不可欠です。この危機をこれ以上放置すれば、さらなる悲劇を招くことは避けられないでしょう。

参考文献

  • 環境省:「クマ類(ヒグマ・ツキノワグマ)の分布・生息状況」2020年調査
  • FRIDAY DIGITAL (講談社): クマによる被害に関する記事 (Yahoo!ニュース経由)