日本で「3倍医療費」請求、中国人母親の遺族が国循を提訴:「国籍による差別」と訴え

大阪府在住の日本人女性が、来日中に治療を受けた中国人母親に対し、無保険の日本人患者の3倍にあたる高額な医療費が請求されたのは違法であるとして、国立循環器病研究センター(国循)を提訴しました。原告側は、この「外国人医療費問題」を「国籍を理由とした差別」であると強く訴えています。

訴訟の背景:中国人母親の滞在と治療

訴状によると、2019年11月に短期滞在の在留資格で来日した原告の母親(中国籍)は、当初3カ月で帰国予定でした。しかし、新型コロナウイルス感染症の拡大により帰国が困難となり、特定活動の在留資格を更新して日本に滞在を継続していました。

2022年1月、母親は体調の異変を訴え、国循に救急搬送されました。そこで脳腫瘍と診断され入院し、放射線治療などを受けました。同年3月に退院する際、母親に約675万円という高額な入院中の医療費が請求されたのです。

3倍の医療費請求と原告の主張

この請求額の内訳は、日本人が保険適用外で診療を受ける際の自己負担額(診療報酬点数1点あたり10円で計算)が100%であるのに対し、保険適用外の外国人には1点あたり30円で計算され、300%の負担となる設定でした。

原告と母親はこの高額な請求に驚愕しましたが、退院時に一部200万円を支払い、残額を分割払いとする確認書を交わしました。その後、無保険の日本人に対する請求額の100%分にあたる約225万円の支払いを終えた上で、今年5月に提訴に踏み切りました。母親は退院後に中国へ帰国し、2023年2月に逝去しています。

原告側は、医師法に定められた医師の応召義務(正当な理由なく診療を拒否してはならない)を指摘し、医療費請求にも自ずと制約があるべきだと主張しています。社会通念に反するような高額な医療費は応召義務に反し、国籍に基づく不合理な差別に当たり、憲法や自由権規約などに違反すると訴えています。

大阪地裁へ提訴に向かう原告団大阪地裁へ提訴に向かう原告団

訪日外国人の医療費問題と国の対応

こうした外国人医療費問題の背景には、近年、観光などを目的とした訪日外国人の増加により、国内の医療機関を受診する外国人患者が急増していることがあります。短期滞在の訪日外国人の場合、日本の公的医療保険に加入できないため、自由診療となり、医療機関が自由に医療費を設定できる現状があります。

厚生労働省は2018年に「外国人患者の受入れのための医療機関向けマニュアル」を作成し、患者受け入れを円滑にするための通訳や翻訳などの院内環境整備の必要性を強調しました。また、そうした整備を維持するために必要な費用を反映した診療価格を設定することを検討する必要があるとしています。同省の「訪日外国人の診療価格算定方法マニュアル」では、価格設定の基本的なコンセプトとして、保険診療における診療報酬点数を活用した理論や算定方法を検討すべきだと説明しています。

2023年度の厚生労働省「外国人患者の受入れに係る実態調査」によると、回答した医療機関5673施設のうち、5424施設(95.6%)が診療報酬点数で医療費を設定しており、そのうち1点あたり11~20円が657施設(12.1%)、21円以上が137施設(2.5%)でした。

支援団体からの批判と今後の展望

原告を支援する多民族共生人権教育センターは、国循との協議で300%負担の根拠を問いただしたところ、「医療費を未払いのまま逃げる外国人患者がいる」「対応に手間や労力がかかる」といった説明があったと批判しています。同センターは、「このような対応は外国人を犯罪者扱いすることにつながり、原告だけの問題ではない」と警鐘を鳴らしています。

国立循環器病研究センターは、本件について「訴状が届いていないのでコメントを差し控えます」と回答しています。この訴訟は、国籍を理由とした医療費の差別的請求の是非を問うものであり、日本における外国人患者の医療アクセスと人権保護のあり方に一石を投じるものとして注目されています。