東京大学の卒業生に人気のキャリアとしてコンサルタントが挙げられますが、日本取締役協会会長の冨山和彦氏は、その人気の理由を「モラトリアムの選択」であると指摘しています。現代のビジネス環境において、コンサル業界の現状と将来性、そしてAIの進化がこの職種に与える影響について深く掘り下げていきます。
日本のコンサル業界の変遷と「情報の非対称性」の終焉
高度経済成長期である1970年代から80年代にかけて、日本企業は世界を牽引するほどの自信に満ち溢れており、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と称される時代でした。この時期、日本企業は外部のコンサルタントに頼る必要性をほとんど感じていませんでした。しかし、その後のバブル崩壊、そして国際競争力を失った「デジタル敗戦」を経験する中で、日本企業は自信を喪失し、コンサルタントへの依存度を高めていきました。これは、当事者間での特定の案件に関する知識や情報に格差がある「情報の非対称性」を経営陣が過剰に意識したためとされています。
近年、大企業は自力で判断できる能力を高め、コンサルタントの活用方法を取捨選択するようになっています。加えて、AI(人工知能)の進化は、情報の収集、分析、加工、整理、中継といったコンサルタントが担ってきた業務を代替可能にしました。「情報の非対称性」が縮小する中で、若手コンサルタントが作成していたプレゼンテーション資料などもAIが瞬時に生成できるようになり、これまでの高い報酬と成果のレベルに疑問が生じているのが現状です。
経営共創基盤を立ち上げた冨山和彦氏
「モラトリアムの選択」としてのコンサル・商社
それでもなお、東大卒業生の間でコンサルティング業界の人気が根強いのは、冨山氏が「モラトリアムの選択」と呼ぶ理由があるからです。特に、バブルが弾ける直前の頂点にあるかのような魅力があるといいます。
本当に優秀な学生は起業を選ぶ傾向にありますが、在学中に良い起業ネタに出会えなかった場合、「モラトリアムその1」としてコンサルが、「その2」として商社が選ばれることが多いようです。大企業で面白い仕事ができ、充実した人生を送れる保証がない中で、有名コンサル企業は一時的に高給を得られ、様々な企業や業界に関わることで多様な経験が積めます。これにより、特定のスキルやブランドが身につき、その後の転職や起業にもつぶしが利くという考え方が、無難な選択肢として捉えられています。商社もまた、業務が多岐にわたり投資ファンドに近い性質を持つため、幅広い経験が期待できると見られています。
一方、自身の能力に自信がある学生にとって、大企業で部下として使われるよりも起業は合理的な選択です。冨山氏が学生だった頃と比べ、現在は遥かに起業しやすい環境が整っており、たとえ失敗しても、その経験がキャリアパスにおいてポジティブに受け止められる風潮があります。
AI時代に「生き残る」コンサルタントの条件
それでは、今後コンサルタントとして生き残るために必要な仕事は何でしょうか。冨山氏は、付加価値が残るのは「一次情報を探す現場」と、「情報をもとに決断し、責任を負う経営者の仕事」だと指摘します。経営経験に基づいた戦略的なアドバイザー業務の需要は引き続きありますが、これは実績がなければ相手にされないため、該当者が限られます。
アメリカでは既にソフトウェアエンジニアやDX(デジタルトランスフォーメーション)コンサルタントの大規模なリストラが始まっており、日本も時間の問題であると冨山氏は警鐘を鳴らしています。コンサルティング業界への入社を志望する学生も、現役のコンサルタントも、その先を見据えた仕事内容を考えなければ、厳しい競争の中で生き残ることはできないでしょう。
【引用元】
AERA 2025年11月17日号より.





