2023年10月19日、秋田県北秋田市でクマが住民5人を襲う事件が発生し、地域に衝撃を与えました。その日、老舗菓子店「鷹松堂」の三代目である湊屋啓二さん(仮名)もまた、予期せぬ遭遇で命の危機に瀕しました。この記事では、湊屋さんが経験した九死に一生の体験と、その後の彼の決意に迫ります。
クマとの遭遇、そして第一の異変
事件発生当日の午前7時頃、湊屋さんはいつものように、店舗に隣接する作業場で名物の「バター餅」をカットしていました。その時、20~30メートル先の車庫へと続く路地から、若い女性の悲鳴が聞こえました。ガラス窓越しに何かの影を目にし、作業場の扉を開けると、通りには車が止まっており、一人の男性が女性を車に乗せながら「クマです!」と叫び、その場を走り去っていったといいます。
状況を飲み込めないまま通りに出てみると、既に警察官を含む多くの人だかりができており、湊屋さんは初めてクマが出没したことを把握しました。路地奥のガレージ兼倉庫のシャッターが開いていたため、「危ない」と感じた湊屋さんは、一旦シャッターを下ろしてその場を離れました。しかし、これが後の悲劇へと繋がる行動でした。
九死に一生の攻防
同日午前11時、車に乗るため再び車庫のシャッターを開けた湊屋さんの目の前に、信じられない光景が広がりました。開け放たれていたシャッターの隙間から入り込み、閉じ込められていた体長1.5メートルほどの大型ツキノワグマが、わずか1.5メートルの距離で待ち構えていたのです。目が合った瞬間、「これは殺(や)られる!」と直感した湊屋さんは、本能的に体を反転させ、全速力で逃走しました。
クマは唸り声を上げながら草むらを走り、湊屋さんを追い抜き、斜め左から襲いかかってきました。湊屋さんは右腕を下にして倒され、顔面を狙ってくるクマに対し、左腕で必死に防御を試みました。しかしクマは、腕の隙間から執拗に顔を攻撃し続けたといいます。この壮絶な攻防がどれほどの時間続いたのか、湊屋さんはほとんど覚えていないと語っています。
クマに襲われ生々しい傷跡が残る湊屋啓二さん、襲撃時の様子を再現
壮絶な負傷と生還
死闘の中、ふとクマの攻撃が止んだ隙を突き、湊屋さんは作業場へと走り込みました。店舗側にいた奥さんに「救急車!」と叫んだものの、左目が見えなくなっていることに気づきました。作業場の鏡を覗き込むと、そこには10×15センチメートルもの範囲で頭皮が剥がれ、銀色に光る頭蓋骨が露わになった自身の姿がありました。湊屋さんは自ら救急に通報し、2本のタオルで出血を抑えながら救急車の到着を待ちました。
秋田市内の病院に搬送された湊屋さんは、頭部を30針、左目下と唇をそれぞれ2針縫合する大手術を受けました。片耳の耳たぶは欠損し、背中には無数の切り傷を負うなど、その傷の深さと広範囲に及ぶ被害は、クマの襲撃がいかに凄まじいものであったかを物語っています。
被害者の決意
九死に一生を得た湊屋さんですが、その胸中には明確な決意が宿っています。彼は襲撃したクマについて「ヤツは頭部が茶色という特徴があるので見ればわかります」と語り、自身を含む合計5人を襲ったそのクマが捕獲された際には、「解体して、味噌味のクマ鍋にして食ってやりますよ」と強い言葉で締めくくりました。この言葉は、恐怖と苦痛を乗り越えようとする湊屋さんの、生への執念と復讐にも似た感情が入り混じった、壮絶な体験を乗り越えた者だけが持つ決意を物語っています。
この事件は、人間の生活圏における野生動物との共存の難しさを改めて浮き彫りにしました。湊屋さんの体験は、クマの恐ろしさと、万が一遭遇してしまった際の極限状態における人間の生命力の強さを伝える貴重な記録です。
出典:
- 週刊FLASH 2025年12月2日・9日合併号
- Yahoo!ニュース





