「医療DXを掲げる政府は、 30年までにすべての医療機関で“電子カルテ”の導入を“目指す”としていました。しかし、自維政権は11月19日の医療法改正案の中に、政府に対して『2030年末までにすべての医療機関において電子カルテの普及を100%としなければならない』と、“義務づける”よう明記しています。義務化されたら、デジタル化についていけない地方の医療機関が軒並み閉院しかねません」
そう危機感を募らせるのは、全国保険医団体連合会(以下保団連)事務局次長の本並省吾さん。
医療DXとは、カルテの電子化やオンライン診療などの普及によって、医療をより便利にしようとする国のデジタル改革のこと。医療機関同士で情報を共有しやすくし、医療の質や効率化、患者の病気予防などにつなげるねらいがあるという。ところが “電子カルテ”の普及は、思いのほか進んでいない。
「厚生労働省が2023年度に調査した都道府県別のデータでは、電子化比率は全国平均で43.26%、電子化予定なしの比率は全国平均で40.81%。つまり、電子カルテの割合は半数にも及んでいません。とくに人口減少が進む地方で、その傾向が顕著です」(本並さん)
こうした傾向は、厚生労働省の調査から2年たった現在でも「変わっていない」と本並さん。
「日本医師会が今年4月から6月にかけて、全国の紙カルテ利用中の診療所を対象に行った調査では、“導入不可能”が54.2%と半数を超えています」
理由は、〈ITに不慣れで電子カルテを操作できない〉〈導入費用が高額〉〈電子カルテの操作を手伝える職員を確保できない〉〈導入しても数年しか電子カルテを使用する見込みがない〉などが上位に上がっている。
「地方では、医師の高齢化が顕著です。電子カルテを扱える人材を雇おうにも雇えない。電子カルテの義務化を機に閉院する診療所は増えるでしょう。『自分はもういつ辞めてもいいが、辞めたらこの地域の医療がなくなってしまう』と話す医師もいるんです」
■システムダウンで診察が停止することも
そのうえ、「電子カルテを導入しても、必ずしも患者や医療現場のプラスにはならない」と疑問を呈するのは、医療DXにも詳しい医療ガバナンス研究所理事の上昌広さんだ。
「政府は、電子カルテを導入すると“情報連携が進む”と説明していますが、多くの患者は、たとえば風邪を引いても同じクリニックを受診するので、電子カルテを共有する恩恵は少ないんです。それよりもシステムが“止まるリスク”のほうがはるかに大きい」
実際に、上さんが勤めるクリニック(東京都)では電子カルテのトラブルが日常茶飯事だという。
「実は、先週の土曜日にも電子カルテのシステムがダウンして大混乱でした。夕方まで受付もできず、患者さんがクリニックの外まで長蛇の列。患者の医療情報も投薬履歴も確認できず、医療安全上も非常に危険な状態だったんです」
こうしたシステムダウンは、「この1か月で8回もあった」という。
「銀行で同じことが起きたら行政処分でしょう。でも電子カルテだとメディアも報じない。患者と医療現場だけが泣き寝入りです」
それでも、上さんが勤めるクリニックが導入しているシステムは、“業界では優良”とされるレベルで、導入に数千万円かかったという。
「大病院は、潤沢な予算を投じて、より優良なシステムを導入していますが、中小規模のクリニックや地方の診療所レベルまで、一律に義務化するのは、どう考えても無理があります。現在、政府はどの医療機関でも使える標準型電子カルテの開発を進めていますが、過去に政府主導でつくられたシステムがトラブル続きだった現実を思えば、先が思いやられます。
こんな不安定な仕組みを“義務化”して、全国の診療所にまで押しつけたら、現場がどうなるか――考えただけでも背筋が寒くなります」
現場の声に耳を傾けながら、丁寧に進めてほしいものだ。





