現代の国際情勢において、国家間の対立はもはや軍事力のみに限定されません。経済、情報、そして「政治戦」といった多岐にわたる分野で繰り広げられており、特に中国共産党が主導する「政治戦」は、他国の世論や法制度に深く影響を与え、その脅威は日本国内でも看過できないレベルに達しています。多くの日本人がその存在すら認識していないこの隠れた戦いについて、経済安全保障アナリストの平井宏治氏の分析を基に、その実態と日本が向き合うべき課題を深く掘り下げていきます。
「政治戦」とは何か？他国を蝕む影響工作
平井宏治氏が著書『日本消滅』で指摘するように、現代の戦争は軍事戦、経済戦、情報戦に加え、「政治戦」の分野が重視されています。政治戦とは、「国家目的を達成するために政府が他の政府や社会の認識、信念、行動に影響を与えるために使用する一連の公然または秘密の手段」と定義されます。これには、影響工作、スパイ活動、プロパガンダ、経済的威圧、フェイクニュース、メディア操作、広報、文化活動、そして洗脳といった多岐にわたる活動が含まれるのが特徴です。
中でも特に警戒すべきは「影響工作」です。これは外国政府の指導者、経済界、学術界、マスコミ、主要エリートに対し、自国の国益を犠牲にしてでも他国に利益をもたらすよう影響を与えることを目的とした行動を指します。中国共産党はこの政治戦の一環として、「三戦」と呼ばれる戦略を極めて重視しているのです。
中国共産党が重視する「三戦」の全貌
中国人民解放軍が推進する「三戦」とは、具体的に「世論・メディア戦」「心理戦」「法律戦」の三つを指します。これらの戦いは、相手国内に中国の国益を増進するような偏った論調を作り出し、人々の認識に影響を与えることで、その国の対応能力を低下させることを狙っています。その結果、中国にとって不都合な組織が崩壊したり、中国に有利な法律が成立したりする事態が現実のものとなる可能性も秘めています。
世論・メディア戦：情報操作による認識への影響
世論・メディア戦は、新聞、雑誌、書籍、映画、テレビ番組、インターネット番組など、あらゆるメディアを通じて相手国の国民の認識に影響を与え、その世論を自国の武器として相手国の抵抗意識や戦意を弱めることを目的とします。オーストラリアの安全保障シンクタンク「Strategic Forum」の国際関係学者ロス・バベッジ氏は、中国共産党が親中国共産党報道を行うために海外の新聞社に資金提供を行っている実態を明らかにしています。
中国の脅威を示す抽象的なイメージ
心理戦：威圧とフェイクニュースで行動を操作
心理戦は、米国防総省の定義によれば、「外国人の感情、動機、客観的論拠、最終的には外国政府や組織、グループ、個人の行動に影響を与えるために、選択された情報や指標を外国の聴衆に伝達する計画的な作戦」を指します。中国が海外に対して外交的な圧力をかけたり、フェイクニュースや風説を流して嫌がらせを仕掛けたりする行為は、まさにこの心理戦の一環であり、自国の覇権を主張し、他国を脅迫する意図が込められています。
法律戦：国際法を自国有利に歪める戦略
法律戦とは、「中国の法理上の優位性を確保して敵を非合法化する」ことを指します。国内法、国際法、戦争法、裁判法、判決、執行といった法のあらゆる側面を総合的に活用し、世界中の法体系が中国にとって有利になるよう操作することを目的としています。この戦略を通じて、中国は自国の行動を正当化し、他国の異議申し立てを困難にさせようと試みます。
習近平が「魔法の武器」と呼ぶ「中央統一戦線工作部」
この「三戦」を具体的に担っているのが、中国人民解放軍の「中央統一戦線工作部」という部局です。BBC NEWS JAPANが2024年12月25日に配信した記事《中国の「魔法の武器」、統一戦線工作部 イギリスでのスパイ疑惑で注目される》の中でも触れられているように、「魔法の武器」（原語は「法宝」）とは、習近平国家主席自身がこの統一戦線工作部を指して用いた言葉であり、その重要性と影響力の大きさを示唆しています。この部署は、国内外の様々な組織や個人に接触し、中国共産党の目標達成のために影響力を行使する秘密工作を展開しているとされています。
日本が向き合うべき中国の隠れた脅威
中国が仕掛ける「政治戦」、特に「三戦」とそれを担う中央統一戦線工作部の活動は、表面化しにくく、気づかれにくい形で日本の社会、世論、さらには法制度に影響を及ぼそうとしています。平井宏治氏の指摘が示す通り、多くの日本人がその存在にすら気づいていない現状は、日本の安全保障上の脆弱性を露呈していると言えるでしょう。この見えない脅威に対し、国民一人ひとりが情報リテラシーを高め、外国からの影響工作に警戒することで、日本の国益と民主主義を守るための意識を高めることが不可欠です。
