核融合:太陽のエネルギーと人類の未来を拓く究極の力

2011年の東日本大震災以降、福島第一原子力発電所事故によって「核分裂」を利用した従来の原子力発電の安全性と倫理性が改めて問われることとなりました。その危険性と、燃料の枯渇という根本的な問題を抱える中で、人類が未来のエネルギーとして大きな期待を寄せているのが「核融合」です。もしこの技術が実用化されれば、私たちの社会はクリーンでほぼ無限のエネルギー源を手に入れ、持続可能な未来へと大きく飛躍する可能性を秘めています。本稿では、核融合の原理とその実現への道のり、そして私たちの身近にある太陽の莫大なエネルギーがいかにして生み出されているのかを、量子力学の視点から解説します。

原子核とエネルギーの概念図。核分裂と核融合が人類の未来を左右する可能性を示す原子核とエネルギーの概念図。核分裂と核融合が人類の未来を左右する可能性を示す

核分裂と核融合の科学的本質:量子力学が解き明かすエネルギーの仕組み

現在の原子力発電で用いられる核分裂は、ウランやプルトニウムといった重い原子核が分裂する際に生じるエネルギーを利用しています。しかし、この反応は遺伝子を損傷する危険な放射性元素を副産物として生成し、その処理と保管には長期間にわたる厳重な管理が必要です。また、燃料となるウランやプルトニウムは自然界にわずかしか存在せず、いずれは枯渇するという避けて通れない問題も抱えています。

これらの課題を解決する究極のエネルギー源として、1940年代から研究が続けられているのが核融合反応を用いた発電です。核融合は、軽い原子核同士が合体してより重い原子核を生成する際にエネルギーを放出する反応であり、2050年代の実用化を目指して世界中で研究開発が進められています。

  • 核分裂: 1つの重い原子核が、ほぼ同等の大きさの2つの軽い原子核(核分裂片)に分裂する反応。
  • 核融合: 2つの軽い原子核が合体して、より重い原子核を形成する反応。

核分裂も核融合も、その反応過程で外部に莫大なエネルギーを放出するという共通点があります。これらの複雑な反応メカニズムは、物質の構造が量子力学によって詳細に解明されて初めて明らかになりました。特に核融合の研究は、宇宙の恒星、とりわけ太陽がどのようにしてその莫大なエネルギーを発生させているのかを解明し、天文学の発展に大きく貢献しました。

太陽の莫大なエネルギー源:核融合反応の驚異

私たちの太陽は、その表面から1秒間におよそ4.3×10^26(10の26乗)ジュールという想像を絶する量のエネルギーを宇宙空間に放出し続けています。このエネルギーは、1秒間に月の質量の10倍もの石油を燃やしたときに放出されるエネルギーに匹敵すると言えば、その規模が理解できるでしょう。ジュールはエネルギーの単位であり、例えば1リットルの石油を燃やすと約3700万ジュールが放出されます。

太陽の質量は月の約26億倍にも及びますが、もし太陽が石油のような化学燃料でできていたとすれば、わずか数千年で燃え尽きてしまう計算になります。しかし、太陽の年齢は約47億年と推定されており、化学反応ではこれほどの長期間にわたってエネルギーを放出し続けることは不可能です。そもそも、物質が「燃える」という化学反応は、空気中の酸素と結合することによって起こるものであり、宇宙空間には酸素が存在しないため、太陽のエネルギー源が化学反応でないことは明らかです。

この長年の難問に対し、20世紀に発展した新しい物理学である相対性理論と量子力学が明確な回答を与えました。それが、水素の核融合反応によって生じる「静止エネルギーの解放」というメカニズムです。1938年、アメリカの物理学者ハンス・ベーテとドイツの物理学者カール・フリードリッヒ・フォン・ワイツゼッカーは、恒星の中心部で水素の原子核である陽子同士が融合し、ヘリウム原子核が生成される具体的なメカニズムを解明しました。

核融合によって放出されるエネルギーは、アインシュタインの有名なE=mc²の式によって計算できます。例えば、4個の陽子が結合して1個のヘリウム原子核になる際、4.8×10^-26(10の-26乗)グラムの質量が消滅し、その質量がエネルギーに変換されて4.3×10^-12(10の-12乗)ジュールのエネルギーが解放されます。これは、わずか1グラムの水素が核融合するだけで、6.5×10^11(10の11乗)ジュールという莫大なエネルギーが放出されることを意味します。太陽はまさに、この核融合反応によって輝き続けているのです。

4つの陽子が結合して1つのヘリウム原子核を形成し、莫大なエネルギーを放出する核融合反応の模式図4つの陽子が結合して1つのヘリウム原子核を形成し、莫大なエネルギーを放出する核融合反応の模式図

まとめ:核融合が切り拓く持続可能な未来

現在の核分裂による原子力発電が抱える放射性廃棄物や燃料枯渇といった課題に対し、核融合は、ほぼ無尽蔵の燃料(水素の同位体)と、深刻な放射性廃棄物をほとんど出さないという点で、人類が求める理想的なエネルギー源となる可能性を秘めています。量子力学と相対性理論によってその原理が解明された核融合は、まさに太陽が何十億年も行ってきた自然のプロセスを地上で再現しようとする試みです。2050年代の実用化に向けて、各国で研究が進められているこの「未来のエネルギー」が、地球温暖化やエネルギー問題の解決に貢献し、人類の持続可能な発展を強力に後押しすることが期待されます。

参考文献

  • 二間瀬敏史 (2023). 『量子テレポーテーションで人間は転送できるか?やさしく読める量子力学』. さくら舎.