関西を代表する高級住宅街、芦屋市で静かな変革が進行しています。近年、特に南部の海沿いエリアでは中国人オーナーの急増が顕著で、それに伴う騒音トラブルなどが表面化し始めています。しかし、地域住民が懸念しているのは、こうした目に見える問題だけではありません。この記事では、芦屋市に根付く独特の「南北格差」と、それぞれの地域が持つ異なる顔、そして富裕層のライフスタイルの変化に迫ります。
芦屋に存在する「北」と「南」の明確な格差
芦屋市は、JR東海道本線を境に、その様相が大きく異なります。北側の山手エリア、とりわけ「聖域」とも称される六麓荘町周辺は、関西の財界重鎮たちが居を構える特別な場所です。この地域の住民は、JR線より南のエリアを単に「南」や「海沿い」と呼び、自らが住む山手とは明確な区別意識を持っています。この南北間の意識の差は、政治家の選挙活動にも如実に表れます。市議会議員候補者は、人口が密集し人の出入りが多い南側で熱心に活動しますが、高い塀に囲まれた豪邸が並ぶ六麓荘エリアにはほとんど足を運びません。
一方で、国会議員クラスの大物政治家は、南側には目もくれずハイヤーで六麓荘へと向かいます。彼らの目的は選挙活動ではなく、そこに住む財界有力者や企業トップへの挨拶です。かつては安倍晋三氏や菅義偉氏といった首相経験者も、六麓荘のパーティーに姿を見せていたといいます。六麓荘の住民は自らのビジネスを有利に進めるため政治家に働きかけ、政治家にとっては多くの従業員を抱える経営者は重要な票田となります。同じ選挙活動であっても、北側と南側では政治のスケールが大きく異なっているのです。
六麓荘を目指す芦屋の「あがり」文化
芦屋市内に住むこと自体がステータスとされていますが、住民の中には、さらに高い目標を目指す「あがり」のような独特の価値観が存在します。最初から六麓荘に住むのではなく、まずは岩園町といった市内の他の高級住宅街に居を構えるケースが多いです。そこで生活基盤を築き、事業を成功させ、資産を形成していく。そして最終的なゴールとして、六麓荘の物件が出るのを虎視眈々と待ち続けるのです。六麓荘の物件は市場に出回ることが稀であり、希望の土地を手に入れるために数年、時には十数年待つことも珍しくありません。ある富裕層は、岩園町に住みながら六麓荘の物件情報を待ち続け、ついに理想の土地を手に入れたといいます。芦屋市内でステップアップを重ね、最後に六麓荘の住人となること。これは芦屋に住む人々にとっての究極の成功の証しであり、一つの文化とも言えるでしょう。
「芦屋のハワイ」で賑わう海側エリアのもう一つの顔
山手の伝統と格式に守られた高級住宅街とは対照的に、海側のエリアもまた異なる形で活況を呈しています。特に「芦屋のハワイ」とも称される南芦屋浜の「芦屋マリーナ」周辺は、独特の熱気を帯びています。ここには約150艇ものクルーザーが停泊し、中には数十億円クラスの超豪華船も含まれることもあります。停泊料は周辺地域に比べて割高ですが、「芦屋に船を置く」というステータスを求めて、関西一円から富裕層が集まります。隣接する会員制リゾートホテル「芦屋ベイコート倶楽部」は、豪華客船を模した異彩を放つ外観で知られ、約4900万円もするロイヤルスイートの会員権が完売するほどの人気ぶりです。
芦屋市南側の海沿い、涼風町の風景
さらに象徴的なのは、マリーナに隣接する「レジデンシャルコーヴ」と呼ばれる超高級住宅街です。このエリアは周囲をフェンスで囲まれ、邸宅にはプライベートバース(専用桟橋)が接続されており、自宅から直接クルーザーで出かけられるという、まるで海外映画のようなライフスタイルが実現されています。週末にはここから淡路島へクルージングに出かけたり、夏には海上から花火大会を鑑賞したりと、優雅な時間を過ごす人々が多く見られます。このエリアの利用者は芦屋市民ばかりではなく、市外からも多くの新興富裕層が訪れます。フェラーリなどの高級車の展示即売会が開かれれば、数千万円の車が飛ぶように売れていくといいます。伝統と静寂を重んじる山手とは対照的に、こちらは分かりやすい富の象徴と、バブリーな華やかさが肯定されるエリアとして確立されており、芦屋というブランドが持つもう一つの顔を覗かせています。
芦屋市は、その南北間で異なる文化と経済活動が展開されており、それぞれが「高級住宅街」というブランドを支えています。伝統と格式を重んじる北の六麓荘と、新たな富と華やかさを享受する南の海沿いエリア。この二つの顔を持つ芦屋が、今後どのように変化していくのか、その動向が注目されます。





