11月26日、香港北部の大埔区で発生した高層マンション火災は、現在世界的な注目を集めています。この火災の原因の一つともされるのが、香港名物として知られる「竹製の足場」です。しなやかで強度のある竹を熟練の職人が巧みに組み上げる竹足場は、香港の街並みを象徴する光景であり、密度の高い都市開発を支えてきた誇るべき伝統技術でもあります。しかし、この独特の風景は今、大きな転換期を迎えています。
香港を象徴する竹足場の魅力と変化の兆し
香港の街を歩くと、工事現場や古い建物を覆うように組まれた竹の足場が目に飛び込んできます。その存在感は他の都市では見られないものであり、香港を象徴するアイコンとして親しまれてきました。成長が早く再生可能な竹は環境面でも優れ、鉄筋よりもはるかに軽く柔軟であるため、密集した市街地が広がる香港において最適な建築素材でした。コスト面でも、竹1本が約15香港ドル(約300円)であるのに対し、金属製は約280香港ドル(約5600円)と圧倒的に優位性を持っています。環境、効率、価格の三拍子が揃った竹が、香港の超高層ビル群を長年支えてきたのです。
しかし、2025年3月、香港政府は「安全性の強化」を理由に、竹の足場から金属足場への移行を進める方針を打ち出しました。中国本土や台湾、東南アジアなどアジアの多くの地域で金属足場が主流となる中、香港にほぼ唯一残るこの建設技術が失われることへの危機感が市民の間で高まっています。政府は即時禁止ではないと説明するものの、新たな政府プロジェクトの約半数に金属足場を使用する方針を決定しており、香港の象徴であった竹足場が縮小していく可能性は高いと見られています。
香港で火災が発生した高層マンションを囲む竹足場
「スパイダー」の職人技:竹が支えた超高層ビル群
香港では竹の足場をよく目にするのと同様に、竹職人の姿も日常的な風景の一部です。彼らの動きはまるでサーカス団のように軽やかで、香港では敬意を込めて「スパイダー」と呼ばれています。数千本の竹をロープで縛り上げ、高層ビル群の壁を伝うように軽々と組み上げていくその技術は、まさに熟練の技の結晶です。
一方で、竹足場には長年課題も指摘されてきました。最も重要なのは安全性です。強風が吹き荒れる香港では、台風による倒壊リスクが常につきまといます。組み方の不備による事故も多く、2018年以降では竹足場による事故で死亡した作業員の数は23人に上るとされています。命綱一本での高所作業は、常に危険と隣り合わせなのです。
さらに深刻なのが、担い手の減少です。香港では足場の約80%という高い確率で竹が使われているにもかかわらず、竹足場職人はわずか4000人ほどしかいません。師弟制度で受け継がれてきた技術は、ライセンス取得に1年、独り立ちまでに4年近くかかることもあります。労働環境が厳しく、若い世代はこの職業を敬遠しがちです。14歳からこの道を歩むベテラン職人の男性は、「肉体的にきつく、危険で、賃金も高くない。若者はやりたがらない」と語ります。九龍竹足場・労働組合の委員長も、「鉄筋の足場は、竹ほど高度な技術を必要としない。力さえあれば短期間で作業ができる」と述べ、竹職人の技術継承の難しさを指摘しています。
日本の伝統技術継承と重なるジレンマ
竹の足場が後退していく背景には、「安全性」と「担い手不足」という現実があり、その構図は日本が直面する伝統技術の継承問題とも深く重なります。畳、瓦、木造建築など、かつて日本の住宅や街並みを支えた職人技は、和室の減少やフローリングの普及、軽くて安価な建築材への移行など、生活様式の変化や素材の工業化によって担い手が激減しています。
技術が優れていても、現代の規制や効率重視の流れの中で、その価値が後回しにされてしまう点で、香港の竹職人と日本の伝統職人たちは似た状況に置かれていると言えるでしょう。いずれのケースも、長年培われた高度なレベルの手仕事が、「安全性」「コスト」「標準化」という近代の尺度で評価され、他の素材に置き換えられていくという共通のジレンマを抱えているのです。
この火災を機に、香港の伝統技術である竹足場の未来について改めて考えるとともに、日本の伝統技術が直面する課題についても深く考察するきっかけとなることでしょう。





